那珂湊反射炉跡・山上門
次に向かったところはここ
山上門
あづまが丘公園内に建ってます。
水戸藩江戸小石川邸右側にあり、勅使奉迎の為に特に設けられたものらしいです。
門は、後に小石川邸の山上に移されたので山上門と言われるようになりました。
この階段を上ると
無縁堂という建物があって池には金魚が泳いでいました。
さらに階段を上ると
無数の穴の開いたものが並んでいましたよ。これは何だと近づくと
煉瓦焼成窯
耐火煉瓦を作る窯なのですね。なぜ耐火煉瓦の窯が必要なのかと・・・それがこれ!
水戸藩が那珂湊に建設した大砲鋳造所です。元治元年(1864年)まで、操業し20数門が製作されたと言われています。元治元年に元治甲子の争乱で破壊されてしまいましたが、昭和12年(1937年)に現在の模型が復元されました。
江戸時代は鎖国政策により外国との交流は制限されていました。しかし、幕末には次第に沿岸部にも外国船が出没するようになり、国土を守るために性能の良い鉄製大形大砲の鋳造が必要になり、9代藩主徳川斉昭が、この反射炉を建設されたらしいです。
あづまが丘公園はこのような歴史あるものがありますからね。